Blog by 大貫憲章

Kenrocks Nite ver2 < Memories Of B.B.King >

半世紀以上、愛器ルシールを抱えて終始一貫してブルースの世界への普及を行なっていました。

 

 

 

 

 

 

キャリアの終わりの頃はこうして「弟子」たちと交流。その代表格 Eric Claptonとの作品。

 

 

 

 

 

 

 

 

みなさんご機嫌いかがでしょうか?

世間では新元号と新天皇の話題でメディア始め大にぎわいです。天邪鬼なワタシとしては、別に水を差すつもりはないですが、あまりの過熱ぶりに昭和のキーワード「フィーバー」を大いに感じるこの一両日。とはいえ、人並みに「令和」の時代が「人にやさしい」「多様性に富む」「活気ある」時代であってほしいと思っています。

ではここにもいつものように自分のラジオKenrocks Nite ver2の内容を紹介させていただきます。こないだは(マスコミ流にい言うと、平成最後の放送)偉大なるブルースマンでギタリストで音楽への奉仕人であった B.B.KING の偉業を偲んでお送りしました。
ではいつものように、以下に自分の書いた進行台本を直貼りします。これがあなたの音楽生活の一助、参考になれば嬉しいです。

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Kenrocks Nite ver2 < Memories Of B.B.King > 4.27OA 2019

みなさんこんばんは!大貫憲章です、カッチンです!4月27日土曜日の夜10時です。これから1時間ほど、僕らとお付き合いいただき音楽のジャングルを散歩してみませんか。お庭と言いたいところですがそんなヤワな感じばかりじゃないので、ちょいとアクティブなフィールドワーク。4月ももうおしまい。今年は未曾有の10連休、ま、とりあえず今はこうして音楽探訪でくつろいでください。前半大貫のコーナーはB.B.Kingをご紹介します。2015年の5月に89歳で亡くなったんですが、ロックに多大な影響を与えた人のひとり、偉大なブルースマン、ギタリストでシンガーでソングライターで。ではこの曲から

M-1 The Thrill Is Gone / B.B. King Roy Hawkins/Rick Darnell 「Greatest Hits」 MVCE-24068

 

 

 

 

 

 

 

 

<トーク1>受けて解説など〜彼の代表曲のひとつで1969年12月にシングル。70年にチャートの15位まで上昇。以後彼の名刺がわりのナンバーに。オリジナルは1951年に西海岸ブルースのロイ・ホーキンスがR&Bチャートでスマッシュヒットさせた。そもそもBBは1925年に御多分に洩れずミシシッピ生まれ。すぐに音楽に目覚めブルースに。当然のように独学でギターを学びハタチの頃、46年、叔父にあたる人気スターのブッカ・ホワイトの師事を受け本格的に歌い出す。48年にはソニーボーイ・ウイリアムソンがやっていたラジオ番組に出演しそれが縁でメンフィスのWDIAという放送局でDJなど始める。その時のニックネームが「ビールストリートのブルースボーイ」でやがてブルースボーイとなりすぐにBBに。49年にLAのRPMレコードでレコーディングするようになりさらに人気が出てからはワシントンDCからシカゴ、セントルイス、LAなどツアーを行う。一説によれば彼は楽譜が書けず、コードすら知らず、全部がその場の感覚で即興的にプレイしたという。天才です。なので彼のステージはMCと歌が一体なんだね。司会いらない。トークショーに歌&ギターを入れ込んだスタイル。あたかも漫談?下世話なこういうやり方が人気。ではその本領発揮のステージをどうぞ!彼の地位を確定したアルバムとなった1964年のシカゴの劇場「ザ・リーガル」でのライブを収めた「ライブ・アット・リーガル」から

M-2 Every Day I Have The Blues / B.B. King 「Live At The Regal」MCA18P2-3028

M-3 Sweet Little Angel / B.B. King 「Live At The Regal」MCA18P2-3028

M-4 It’s My Own Fault / B.B. King 「Live At The Regal 」MCA18P2-3028

 

 

 

 

 

 

 

<トーク2> 受けて解説など〜最初のチャートでのナンバー1は52年のローウエル・ファルソンの曲「スリー・オクロック・ブルース」。これが英国のブルースボーイたちにメチャウケ。Tボーン・ウオーカー直伝?のビブラートのかかったセンシティブな「泣き」のフレージングがウリで同時にスナップの効いた粘りと伸びのあるプレイぶりもエレキギターの魅力を存分に引き出していた。歌の伴奏ではなくギタープレイ自体が聞きものとなっていた。そこがロックに影響を!続いて少し毛色の違う速めの曲なども

M-5 She’s Dynamite / B.B. King「Let’s Move – A Heavy Blues Collection」Mojo Sampler 2012

 

 

 

 

 

 

 

 

M-6 Paying The Cost To Be The Boss / B.B. King Feat.Robert Cray,Jimmie Vaughan & Hubert Sumlin  「Crossroads Revisited: Selections From The Crossroads Guitar Festivals」WPCR-17372

 

 

 

 

 

 

 

 

<トーク3> 受けて解説など〜実際、彼は来日もしてるし、世界中を「ブルース大使」のように演奏して回りブルースの普及に大きく寄与した。ラジオ番組も晩年まで行い、日本でも在日米軍のFENなど通じて聴くことができた。もちろん、多くのミュージシャンたちと交流し、中でも彼を慕う白人ロックミュージシャンらとも一緒にプレイしている。70年に「The Thrill Is Gone」でグラミーを獲得、80年に「ブルース」の分野で殿堂入りし、87年にはロックンロールでも殿堂入りしている。ほぼ70年間の活動期間中、常に第一線で頑張っていたハッピーでタフな方でした。M-7は2010年にロバート・クレイ、ジミー・ボーン、ヒューバート・サムリンらと共演したドラッグ、アルコール依存症救済チャリティーのためのライブCrossroads Guitar Festivalからの名演。では最後にこれもまた彼の名刺がわりの1969年のナンバー時間まで。

M-7 Why I Sing The Blues / B.B. King 「Greatest Hits」MVCE-24068

 

 

 

 

 

 

 

 

『RUMBLE」

いかがでしたか、今夜のKenrocks Nite ver2?前半の大貫パートでは偉大なブルースの伝道師であり、ロックに計り知れない貢献をしたブルースマンで2015年の5月に亡くなったB.B.Kingの簡単な特集を。エリック始め多くのロッカーやのちのブルースの担い手たちは言うまでもなく、自分のような世界の片隅の音楽ファン。ロック・ファンにまで影響を与え続けている先達!紹介出来て良かったです。お知らせなど>>>では今夜はこのへんで。お相手は大貫&カッチンでした。ではまた来週、令和で逢いましょう! ADIOS AMIGOS!!